人の金で美術館に行きたい+読

美術館に行った話とか猫の話とかします。美術館に呼んでほしい。あと濫読の記録。




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現実の切り取り線 上田薫展 埼玉県立近代美術館 11/21

埼玉まで行ってきた。上田薫展を見に。
この間まで神奈川でもやっていた展示の巡回展で、神奈川と埼玉って巡回するには近すぎない?と思わなくもないが、自宅からは横須賀より北浦和のほうがまだアクセスがいいのでありがたい。横須賀はバスに乗らんと行けないからな…

pref.spec.ed.jp

上田薫は日本の画家。もともとは抽象画を描いていて、デザイン事務所を立ち上げ、そののちにハイパーリアリズムへと転向した人だ。
まず対象を写真に撮り、キャンバスへプロジェクターで投影して輪郭をなぞり、そのうえで着彩するという手法を美術の教科書で見た気がする。
というとすごくリアルにこだわった人なのだなぁと素人としては思ってしまうのだが、画家本人の弁によると「これはリアリズムではない」のだという。なぜなら「人間の目には卵が落ちる瞬間なんて見えないから」だそうだ。
なるほどねぇと思うと同時に、じゃあリアリズムって何だろうねぇって思う。
だって、人間の目ってびっくりするくらい何にも見てないじゃない。ピントだって恐ろしく狭い範囲しか合わないし、見たものを何にも認識していない。いっそ印象派のほうがよっぽどハイパーリアリズムなのでは?とかね。(印象派初期については、メンバー本人たちもそう思ってただろうしなぁ)

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アイスクリームB

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アイスクリームが滴る瞬間。卵が殻から落ちる瞬間。ジャムがスプーンに乗った瞬間。
そういう絵を見ていてすげえリアルだなぁと思いつつなんか変だなぁって不思議に思っていたのですが、理由は輪郭ですね。
アイスクリームが背景からスパッと切り出されている。
そう、背景がないんです。画家本人の弁としては「対象のある風景ではなく対象を描いた」とのこと。
現実世界にははっきりとした輪郭線なんか本当はなくて、物体と物体の間の色彩は相互に干渉し、混ざり合って見える。物体としてどうあるかの話じゃなくて反射光の話ね。対象に当たって反射・拡散する光とその周囲からの光を別々に認識することなんてできないじゃない。それを写真にしたりしたら、この線からこっちだけが対象物なんて言えるわけないじゃない。
それを無理に切り取ったところに面白みがあるなぁと思った。

あとサインね。これ、すごい懐かしいけど若い子にはなんだかわからないんだろうなぁって思う。

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卵にスプーンD

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時代下って、こちらは背景というか影があるね。サインも落款みたいでかっこいい。
しかし卵の殻と掲げとかにはまるで関心がないように見える。ただ描きたいのはスプーンの光沢と、黄身の照り。写真を撮る自分自身の姿まであえて映り込ませて、「これは虚構なのだ」と強調しているようだ。
いいよね~この黄身に食い込む卵の殻、個々の白とオレンジの対比がすごくいいよねえ。

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ジェリーにスプーンC

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先ほどのえぐい卵と打って変わってさわやかな作品。砕け散るゼリーから動きを奪うとこんなに硬そうに見えるんだなぁ。ピントの合い方とボケの具合とか、これが一番肉眼で見たときに近いような気はする。色はすごくきれいですね。

「透明なものを描くのは難しくないですか?」という質問に「見たものを描くだけだから透明だからどうということはない」という答え方をしていて、たぶん対象のとらえ方自体が異なるのだろうなと思った。
この人はあくまでも「ゼリーの写真」を描いているのだろう。ゼリー自体や、その向こう側にあるものや、その間にある空気を描くのではなく、ただ一枚の写真を克明に写し取ることに面白みを見出しているのではないかと思った。
「光の反射を描く」のと「反射した光の色を描くはたぶんだいぶ違う。

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サラダE

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美術館の公式サイトにメイキング動画があるから見てみると面白い。
写真を拡大してトレーシングペーパーで写し取り、そこに色を載せていくという手法。
これは完全に美術としての描き方だなぁと思う。アウトサイダーアートでも異様なまでに詳細に克明に描く人がいるのだけれど、そういう人は端から埋めていくスタイルが多いようだ。レーザープリンターのように、100%の完成度のものを敷き詰めていくスタイル。対してこの絵は全体が少しずつ仕上がっていく感じ。
どちらが正しいとかではなく、この絵はちゃんと美術として作られているんだなぁという感想。

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面白かった。面白かったし美しかったけれど、現代作家だったらこういうのCGとかでやっちゃわないのかなぁとも思った。写真を克明に写し取った絵画なら写真でいいじゃんと当然思わなくもないのだけれど、それでもやはり写真とは違う面白さがあるように思う。取捨選択の面白さだろうか。でもそれも写真にないわけじゃないしな。