人の金で美術館に行きたい+読

美術館に行った話とか猫の話とかします。美術館に呼んでほしい。あと濫読の記録。




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めちゃくちゃイケてるカッコよさ ブルーノ・ムナーリ 役に立たない機械をつくった男 1/11

始まりはたばこと塩の博物館だった。
入ってすぐのところに他美術館のポスターが貼られていて、このカッコよさに一撃でやられたのだ。こんなの見たら気になるでしょう。行かなきゃ後悔するでしょう。

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美術館の分類には、公営/私営、絵画/写真/彫刻/etc、古典/近代と色々な切り口がある。
「広告がうまい/広告が下手orやる気無い」で分けるとしたら、この世田谷美術館というのは確実に「広告下手勢」に入るだろう。だって全然広告売ってないし。TVCMとかやってないし。チラシミュージアムにも載せてないし。公式ツイッター1日1回以下しか呟かないし。フォロワー559人だし。

もっと宣伝しろ!
あと、交通の便何とかしろ!

www.setagayaartmuseum.or.jp

あ、でも私セタビのツイッターフォローしないです。だって交通の便クソ悪いから。あんまり行きたくなりたくない(勝手

 

というわけで、ブルーノ・ムナーリ
絵本とか書いていたブルーノさん、と聞いてとっさにミッフィーちゃん?って思ったけど、それはディック・ブルーナだった。おしい。

ブルーノ・ムナーリ - Wikipedia

ムナーリはイタリア出身の画家・デザイナー・絵本作家。とはいえウィキペディアにもこの程度しか情報が無いので、広く知られているとは言い難いだろう。日本と色々親交があったみたいなんだけどね。
こっちのサイトの方がよくわかる。

ブルーノ・ムナーリって、何者? 学芸員に聞く、ユーモアを忘れない マルチ・アーティストの創作の裏側|MAGAZINE | 美術手帖

画家というより総合芸術家、そして教育者だなぁと作品を見て思いました。

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「役に立たない機械」f:id:minnagi:20190119140555j:image

モビールじゃん!って思った。
物自体は昔からあるけれど、芸術作品としてのモビール、キネティックアートはアレクサンダー・カルダーが元祖らしい。「モビール」という名前自体、デュシャンが彼の作品に名前を付けたのが元祖だとか。
カルダーがモビールを発表したのが、1932年、ムナーリが役に立たない機械を出したのが1933年だから、カルダーの方が先行。でも全く作品は似ていないし、同時発生といってよいだろうね。「モビール」で定着したのは名前がよりキャッチーだからだろうな。
会場の空調でゆっくり動いていてよかったです。名前の通り、機械的な印象を受ける固い直線的なオブジェが揺れていた。
どうでもいいけれど、バランスをとるため一番下に来るものは真ん中に死自体が来るのだなと思った。どうでもいいのだけれど。

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 陰と陽」
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シリーズ中どれもすごくよくて、どれを紹介するかとても迷う。

色面や線といったすべての要素が等価であり動きを伴う

シンボルや物語性も含めて現実を模倣・喚起させるものをもたない「具体」という思想を引き継いでいる。
五感に反して、造形的には幾何学的なバランスを重んじる抽象主義的な特徴を持つが、造形的な形は何かを表現したものではなく、ムナーリも説明するように「その形や色や動きが、それ以外の何ものも表していない」芸術作品を提唱した

 すごく面白い。
抽象画というのは、どんなに画面がわけわからなくても「なにか」の具象物を表しているのだ。それに対して「具体芸術運動」はなにも表していない。しいて言うなら快さを表現しているのだと思う。リズムの良さを、この作品から受けるプラスの気持ちを。
このピンクの作品も、陰と陽というタイトルではあるが、どちらかが陽=主役でどちらかが影=脇役ではない。どちらかが背景でどちらかが絵画なわけではない。
そういうのに意味が無くなるまで入り混じっている。すごく良い。

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「額もまた」

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タイトル通り、額にも色が塗られている作品。図録写真撮った時かけちゃったけど。
コンポジション的な作品。ぱっ切りした色と、重ね合わせが楽しい。見ると何となくわくわくする感じ。

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「旅行のための彫刻」

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平面的な彫刻作品がいくつかあって、ノグチ・イサムみたいだなと思った。
こちらは紙でできた折り畳み式の作品。ポップアップの仕掛けがついたグリーティングカードみたいな。
仕事なんかで移動して、宿に泊まり、疲れて椅子に座る。鞄の中からこの彫刻を取り出し、軽く広げてテーブルに置く。
それだけでその無機質な客室は芸術の鑑賞場になる。自宅から旅先まで、「心地よさ」を携帯することができる。自分自身に属するものを置くことで、癒しを得ることができる。

そういう発想がとてもよい。私があちこち移動する生活をしていたら、そういう「持ち運びできる”おうち”感」を持ちたいものだと思う。

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「短い訪問者のための椅子」
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写真だとわかりにくいけれど、寄木細工の嵌められたこの椅子、座面がめっちゃナナメです。パースが狂ってるんじゃなくて、そういう椅子。ちょっと腰かけてぱっと立ちあがるための椅子。さっさとお引き取り頂きたい方に勧める椅子。皮肉とユー、モアが聞いていて面白い。


でもおいら、これ知ってる。すごい見たことある。
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京王線名物、「座らせる気のない椅子」だ!置き棄てられた缶ジュースから、サイズ感を感じて欲しい。この座面、まったく座りづらい。ちょっとでも背中丸めるとまともに座れないからビシッ!と背筋をまっすぐにしなければならず、「くつろぎを与えるもの」という存在意義を否定しているベンチだ。
これじゃんかよ~ムナーリだったのかよ~じゃあしょうがないじゃんかよ~~~
とか思うかっ!

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「本に出あう前の本」
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ムナーリは自分の子供のために絵本を買おうとして、「子供のための本」がなく「子供の本を選ぶ大人のための絵本」しかないと気づいたそうだ。
道徳本や昔話みたいな、子供が喜ぶように作られたのではなく、大人が与えたくなるような本しかないと。
そういうの、すごくありがたいなと思う。こうやって先人が気づいてくれるから、良質な子供向けの本というのが生まれて、その恩恵にあずかってきたのだなと。

これらの本は、絵本ではない。文字を読めず、まだ物語とかも理解できない年齢の子に向けた本だ。本に親しむことが目的の本。ページをめくり、撫で、眺めるための本。
紙をめくることを楽しむ本は、他の作品「読めない本」に類似している。

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「木をかこう」
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芸術も教育ができるとムナーリは考えました。
人が文字や言葉を学習できるなら、絵の描き方だって教育ができる。それは分解して行けばとても単純な構造論に行きつくはずだと。
そういう意図で書かれたのがこの本。最初から巨匠の偉大な芸術を押しつけて委縮させるのではなく、同じ場所に立って一緒に考え、手を動かしながら作っていく芸術。

「葉っぱをつけよう:木」

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同じ観点のスタンプブック。いろんな形の葉っぱスタンプとインク、そして裸の木が描かれたカード。子供はこれを使って自由に木を「描く」ことができる。
単純な子供だましではなく、ムナーリ自身もこのスタンプを使って何冊も絵本を出版している。

こういう考え方はいいなと思う。ちゃんと子どもを子どもとして。小さな大人ではなく、何も分からない愚か者でもなく、尊重している。

これはどうかわからないけれど、ムナーリの本は現在でも手に入れることができる。
「きりのなかのサーカス」を読んだけれど、サーカスがぱっと鮮やかに現れるところは単純な仕掛けだけれど新鮮な驚きがあってとてもよい。しいて言うなら、ネタばれになるから現代の「ミラノの霧の中で」の方がよかったと思う。

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上「プラス・マイナス」

下「構成」

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こちらは知育玩具。

上はいろんなものが描かれた透明のカードを重ね合わせて、自分だけの絵画作品を作れるおもちゃ。
下は色のカードと型抜きされたカードを組み合わせることで、好きな色柄のものを作り出せるおもちゃ。
両方とも自分なりの作品を生み出す楽しさがあってよいと思う。

現在でも市販されており、ミュージアムショップでも売っていました。
本当、よっぽど買おうかと思ったけど8千円もした。高い。いや、プラカードが山ほど入ってるんだから暴利ではない。でもお財布に優しくない。

 

【楽天市場】Corraini (コッライーニ)「+ e − (「つけたり・とったり)」:ヤマギワ (yamagiwa )

 もし私に子供ができたら、これください。