人の金で美術館に行きたい

美術館に行った話とか猫の話とかします。美術館に呼んでほしい。

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デュシャンの最後はP マルセル・デュシャンと日本美術 10/14

芸術の秋ですね。秋じゃなくても遊ぶけどね。 デュシャンを見に行ってきたよ。

マルセル・デュシャンと日本美術 | 東京国立博物館・フィラデルフィア美術館交流企画特別展

美術館じゃなくて博物館なの、なんでだろうね。
一部作品(マン・レイの写真と動画)以外撮影可能です。

 マルセル・デュシャンは20世紀初頭のフランス生まれでアメリカに帰化した芸術家だ。絵も描くけど、画家というより総合芸術家、「現代芸術家」だと思う。
ダダイズムレディメイドそしてインスタレーションと言った彼の作品は、たとえ100年前に製作されたとはいえ完璧に「現代アート」の要件を満たしている。

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自転車の車輪(1913/1964)

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入ってすぐがこれ。デュシャンの写真が実にいい感じ。

「これ、絶対タイヤ回すべきなんですよ。回してこその作品だと思うんですよ。そもそも既存芸術の概念を打ち破ったデュシャンの展示で、『作品には手を触れないでください』みたいな既存概念にとらわれていちゃいけないと思うんですよ。

でも私が回したらつまみだされるから、誰か回してくれないかなぁ」
っていったら京都人に「落ち着こうか」って言われた。
回したい。

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ブランヴィルの庭と礼拝堂(1902)

f:id:minnagi:20181015134517j:image

15歳くらいの作品。すごく綺麗。既に絵がうまい。
彼の生家の写真とかも展示されているのだが、完全にアッパーミドル。お金持ちのボンボン。ついでに言うとハンサムである。
と言ってたらハンサムって言いすぎだと京都人に言われたけれど、作品と本人の評価って切り離せないと思うんだよね。
例えばシャセリオーが当時ブサイク扱いされていなかったら、あんな耽美的優雅な作風を選んだだろうかって考えるのは、意味のあることだと思う。
ハンサム。

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芸術家の父親の肖像(1910)

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 これも少年の頃の作品。セザンヌ風。
瑞々しい色がきれいです。時々絵画学校に通って銅板画などを習ったということで、系統立てて学んだわけではないのかな?

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チョコレート磨砕器 No.2(1914)

f:id:minnagi:20181015134342j:image

 デュシャンらしさが出てきた。このチョコレートを砕く機械、前年にもっと写実的な油彩も製作しているのですが、こっちの方が断然すき。
裁縫用の糸を縫いつけてローラーを表したそうで、この盛り上がりの線はパレットナイフとかで作ったものではないらしい。機械の足とか見るとよくわかる。
いいデザインだなと思う。

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泉(1917/1950)

f:id:minnagi:20181015134630j:image言わずと知れた「泉」美術の教科書で見たやつだ。

サインがR.MUTTとあるけど学校では習わなかったな。NYのモダンアートフォーラム[独立芸術家協会」の支援を援助したが、その精神が民主的で多様性を受け入れるものかを試すために偽名で出した作品だそうです。思惑通り(?)規約違反とされて抗議し、ひと悶着あったそうで。
狙ってやってるだろうなぁって言う感じ。

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秘めた音で(1916)
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アレンズバーグ(パトロン)に、麻紐の中心に何かわからないようにものを入れて欲しいと依頼し、それを金属板ではさんで作成。振ると音がするそうだ。
だ!か!ら!!そういうのは振ろうよ。振った動画、せめて音声を流そうよ。それで完成するものだろうよ。

 

にしても、この作者自身ですら知りえぬ未知の何かって、すっごくダリっぽい。もちろんダリの方が後追いなんだけど、言動がすごくそれっぽい。
サルバトーレ・ダリはデュシャンを意識していたのかなぁ。次の作品のボックスとかもすごく似通った意識を感じるのだけれど。

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マルセル・デュシャンあるいはローズ・セラヴィの、または、による(トランクの中の箱)(1966)f:id:minnagi:20181015134511j:image

 これ、欲しい。素直に欲しい。売ってたら普通に買う。レプリカなんだから、現代だって作れるはずだ。作ってくれ。買う。
もう最高じゃないですか~いい作品のミニチュアがいっぱい入ってる。めっちゃほしい以外の感想が無い。

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第3回フランス・チェス選手権のポスター(1925)

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一時芸術を離れて、チェスに打ち込んでいたそう。「普通のポスターも描けるんだな」っておもった。

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階段を降りる裸体No.2(1937)

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キュビズム。なんだけど、これが当時はキュビズムグループから拒絶されてスキャンダルになったって言うのを読んでびっくりした。
・大胆な動きの変化に抵抗があった
・裸体が階段を下りて行くという主題
・大きなブロック体のタイトルが非常識
それで?そんなことで?キュビズムって、既存の2次元絵画からの脱却を目指して3次元表現を取り入れた先進的なグループじゃないの?正直ちょっぴり幻滅したよね、キュビズムに。

キュビズムが3次元を2次元に落としこんだものなら、それにさらに時間の経過を組み込んだこれは4次元の絵画なのかなと思う。
とはいえシックで(現代の視点から見ると)典型的なキュビズム風絵画に見えるのになぁ。そんなに嫌だったのか。不思議。

この作品の騒動を機に絵画から離れてしまうというのも勿体ないなと思う。

 

「遺作」という作品がすごくよかった。作品自体は来ていなくて紹介動画が流されていたのだけれど、目を離せなくなるような作品だった。
すごいアダルティーだし、子供が見たら性癖歪むような気もするけど。

 

ただ、この後第二部で「デュシャンの向こうに日本が見える」って展示があったのは完全に意味不明だった。
シンプルな茶器や竹を切り取った花入れを「レディメイド」と言い張ったり。侘び寂びとは全然文脈違うじゃん。
歌舞伎役者の浮世絵の強調表現を「デュシャンもただ美化して描くのを拒みました」ってこじつけ感すごい。
絵巻物の異時同図法を「階段を下りる裸体」と合わせているけど、絵巻物は随時見て行くもので別に異時は同図にあるけど同時に見るものではないし。そもそも日本独自のものです!的な説明だったけど、西洋中世絵画に普通に見れるものだし。
なんで無理やり日本をこじつけで持ってきたのかわかんなかった。