1/7に生賴範義展に行ってきました。
この公式サイトのクォリティ低い。めっちゃ読みにくいし誤字とかある。
生賴範義さんといえば、スターウォーズがやっぱりいちばん有名かなぁ。年配男性が多かったです。
今回、生賴はイラストレーター枠での展示です。
となると画家とイラストレーターの違いってなんだろう?って話ですが、すごい単純に言うと、一般的に「作品が主かどうか」ですよね。
何かに、例えば小説の表紙や映画のポスターにするために添え物として製作された作品がイラストで、絵画のための絵画を描くのは画家とされています。
もちろんその境界線はあいまいで、ミュシャは画家なのか?イラストレーターなのか?と言われたら最初ジスモンダとか描いているあたりではイラストレーターで、装飾パネルをメインにしだした「カレンダーのために使うミュシャの絵」ではなく「ミュシャの絵を使うためのカレンダー」くらいの扱い(判断が難しいですが)になった頃はほぼ画家、そして壁画やスラヴ叙事詩を手掛ける頃には疑いようもなく画家とみなせるでしょう。
作品の取り扱いとしての画家/イラストレーターというのがまぁ一般的かなぁ。技術的にもいかにもイラストらしいラストとかなくもないけどね。
写真可能エリアが多く設定されていました。あんまり多いしちょっとわかりにくいから、写真不可エリアで間違って撮影しちゃう人が大量発生していた。
一応携帯で撮ったけど、混んでいるから全体を納めるの難しいし写り込みが酷くて使えないのばかり。個人の思い出にはいいんだけど、顔がわかるレベルで写っちゃってるからネットには出せないの。
ブックタワー
これこそ生賴がイラストレーターとして大活躍していた証拠というか。
こんだけ本があるのに、そして私割と誰にも負けないレベルで本を読んでいたというのに、読んだことがある本がありません……1984とかあるけど表紙が違う。
和書はほとんど読まないのと、どれも対象年齢が壮年男性だというところでうまいことすり抜けてしまったようです。くやしみ。
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映画ポスター「EAST MEETS WEST」
映画ポスターならわかるよ!この映画見た。面白かったのを覚えている。
手前に主人公の後ろ向き、そして敵役をその足元に描くという大胆な構図。
左側の忍者がコミカルで、映画の内容を鮮やかに思い出しました。
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未使用「グッドモーニング、ベトナム」
下が大きく開いているのは、タイトルを入れるためだったのでしょう。実際には使用しなかった絵画。かなり好きです。これのグッツも売ってた。
多分、↓この映画のためのもの?だいぶイメージ違います。
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SF雑誌の表紙に、歴史上の妖婦を一人ずつ描いたシリーズ。
個人的に、サロメではなくヘロディアなところが評価高いw
もう何度でもいうけれど、洗礼者ヨハネの首を欲しがったのはサロメじゃなくてヘロディアだから!!→サロメ (ヘロディアの娘) - Wikipedia
下絵の段階と、ヨハネの首の扱いが大きく違います。完成品の方がSFらしさが強くて好きだな。
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表紙「サンサーラ」
詳細不明ですが、サンサーラという本の表紙にするために描かれたもの。生命の歴史が雄大に描かれています。好き。
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オリジナル「DASHT-E-KAVIR 1980 (イラン)」
こちらはオリジナル作品。戦争を経験したという生賴は、晩年になっても続く各地の戦争について苦しい思いを抱いていたのではないかと思う。
何となく死体や破壊描写が松本零士っぽい。
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この展示は前から気になってはいたし、京都人が見たいというので行ってきました。
けど、見て思うのは「やっぱりこれはイラストだなぁ」という思い。
すごく綺麗に描けている。すごくリアルに描けている。けれどなんかこぎれいにまとまっているなという感じ。注文に応え、それ以上のものを製作しているのは本当だと思う。けれどなんだろう「なにこれ、すっげー!!めっちゃかっこいい!!」みたいな普段美術館で思うものが無い。
それはとにかく数をこなすために描いているからなのか、主役を引き立てるためにわき役に徹しているからなのか、それとも「これはイラストですよ」という先入観があるからなのか。
なかなか難しいところだなぁと思いました。やはり先入観なしに物を見ることはできないものだし。
そういう意味だと、今度谷川俊太郎展があるらしいんですが、どうなんですかね?文字作品を美術館で展示することってどうなんでしょう。
うーん、これはたぶん行かないな…