人の金で美術館に行きたい+読

美術館に行った話とか猫の話とかします。美術館に呼んでほしい。あと濫読の記録。




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常に若き見知らぬ者たち ソール・ライター

ソール・ライター展を渋谷文化村で見てきた。

www.bunkamura.co.jp

ソール・ライターはアメリカ生まれの写真家。ユダヤ教の導師ラビの息子で、自身もラビになるために神学校に通わされていたというから、独立して写真家になるのは大変な苦労をしたことと思う。
1950年ごろから本格的に写真を撮り始め、ファッション雑誌のフォトグラファーとして活躍した後、1980年ごろ写真撮影に専念するため商業写真から手を引いたという。
当時芸術作品といえばモノクロで、カラーは商業品という扱いだったらしい。いろいろ理由はあったけど、なんかそういう面はなんにでもあるよね。手ごろなのはダメとか。CGはイラストにはなっても芸術にはならないとか、人の苦悩を描く暗い作品でないと純文学じゃないとか、電子レンジで料理するのは手抜きだとか。
どんな手段、道具、手法を使ったって芸術は芸術だろうにね。
そんなこと言ったら「みんなめっちゃ苦労して筆で書いてるのに写真とか邪道!」「油絵は塗りなおせるから手抜き!」みたいになっていくよね。


とりあえず思ったのは、私も何かに専念するためにお仕事から引退したいよぅ、だよね。

 

ライターが写真家として頭角を現したのは、MOMAで行われた「Always the Young Strangers」展の出品作に選ばれたのがきっかけだという。
表題に借りた「常に若き見知らぬ者たち」展。とてもいいタイトルだと思う。
入れ代わり立ち代わり、いつの間にかメンバーを入れ替えてそこにいる異邦人たち。
「ゆく川の流れは絶えずしてしかも、もとの水にあらず」そんな諸行無常の響きが、自らが背景に同化してしまったような圧倒的な孤独、孤立感。ただ記録者としている自分の目の前を過ぎゆく者たち。
そんな世界にライターの作品はぴったりだと思う。

 

一番好きだなと思ったのはこれ。鮮やかな赤い傘。
アシスタントが「もう傘はうんざりだ」と言ったらライターが「私は傘が好きなんだ!」と言ったという逸話が紹介されていた。

 なんかわかるな~。ライター、絶対傘好きだよな~。
傘の写真をいっぱいとってるからそう思うんじゃなくて、傘ってのは匿名性だから。
雨の日の滲んだ視界に、顔を傘で隠して歩く人々の群れの、無個性さが彼の作品に通じるものがあるから。そこにいる、そこにある、名前のない誰かになれるから。

f:id:minnagi:20170605145146j:image足跡

 ―――――

 こちらも傘の作品、だけど本当のメインは靴。
商業作品として、靴の広告のために撮影された写真。でも画面はほとんど傘でおおわれているよね。
浮世絵の影響といわれているよ。
すっごいおしゃれだなぁ。今の雑誌広告でも違和感ないなぁ。

f:id:minnagi:20170605145201j:image靴の広告 

―――――

 こちらはHarper's Bazzarというファッション雑誌用の写真。
大胆なトリミング、ほとんどが余白で少しだけ印象的に映るモデル。浮世絵的だね。

f:id:minnagi:20170605145211j:imageカルメン Harper's Bazzar

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 こちらも雑誌写真。鏡を使用して画面を分割しています。キュビズム的と解説されていた。
そのほかにも鏡やガラスに映ったどちらがこちらでどちらが向こうかわからないような作品も多かった。男が抱える鏡の中にモデルが写っていたり。
非現実的な感じがして、まるでマネキンを映しているようだね。
幻想的だし、自分がどこにも所属していないような孤独な気持ちになる。

 

f:id:minnagi:20170605145225j:imageカルメン Harper's Bazzar

 

……でも、言っていい?芸術作品としては、素晴らしいよ?
でもさぁ、雑誌のページとしてはこういう写真やめてほしいよねぇ。もっとよく商品映してほしいよねぇ。
私は趣味で洋裁をするんだけれど、洋裁本の「こんな服が作れます!」って紹介ページがここ数年やたらアクティブなんですよ。飛んだり跳ねたりぶれたりあまつさえスカートたくし上げたり。
やめて!ちゃんと見せて!肝心の服が写らない写真に何の意味があるの!
スカート丈すらわからない写真に何の意味があるんだあああああ!!!!!
……すみません、取り乱しました。
でも本当、ファッション雑誌は変なポーズとかいらないから。全員仁王立ちしてほしい。同じポーズなら服の比較もしやすいし。

 

―――――

 道行く人々を何かの板の隙間からさっと撮った写真。
こういう盗撮作品w多いです。あと、車の中からとられたと思しき写真が多い。
きっと被写体を求めて町中を車の後部座席でめぐっていたんだろうなぁと思います。
こういう一瞬を切り取った写真は、たぶんモデルを使ったのではないだろう。
「写真家からの贈り物は、日常で見逃されている美を時折提示することだ」
「神秘的なことはなじみ深い場所で起きると思っている。なにも、世界の裏側まで探しに行く必要はないんだ」
そんな彼の言葉はひっそり街中を見つめていた生活から産まれた物なのだろう。

f:id:minnagi:20170605145238j:image板の間

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 彼が毎日描いていたという絵も展示されていた。
とてもエキセントリックだった。蛍光色を使い、不思議にゆがんだ人物や風景をたくさん描いていた。
誰に見せるでもなく描き続け、撮り続けた彼の中には物語があふれていたのだろう。
それを取り出さずにはいられなかったのではないかと私は夢想する。
誰の目にもとまることのない異邦人、それはソール・ライターその人なのかもしれない。

 

f:id:minnagi:20170605145252j:image

 天蓋