人の金で美術館に行きたい+読

美術館に行った話とか猫の話とかします。美術館に呼んでほしい。あと濫読の記録。




にほんブログ村 美術ブログ 美術鑑賞・評論へ
Push
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ
Push

Push

Push

豪華名作シリーズ コートールド展 9/22

割と開始直後にコートールド美術館展に行ったのだけど、仕事が繁忙期で書く暇が取れずにこんなにたってしまった。

www.tobikan.jp

フランス系イギリス人、サミュエル・コートールドのコレクションからなる美術館が現在改装中ということで、日本に来ています。

コートールド・ギャラリー - Wikipedia

来ている作品数はやや少なめ。けれどすごい巨匠のめちゃくちゃ美しい作品がほとんどなので、ゴージャス感はものすごい。久々に図録を買ってしまったよ。
コートールドの往年の自宅として、それら作品が飾られた室内写真が実物大に引き伸ばされて壁紙になっているところもありました。そのおうちのゴージャスなこと!
いいなぁお金持ち。おらもこういう家に住みてぇだ!

---

エドゥアール・マネ「フォリー=ベルジェールのバー」

f:id:minnagi:20191002110527j:image

きょ、教科書で見たやつだ!!!!
実物、結構でかいです。そして細かい。
豪華な客席、華やかな人々。鏡の中の現実世界ではにこやかに接客をする女性の心の中は、ぼんやりとどこかへ彷徨いださている。

鏡の中に描かれた、客に愛想を振りまく姿が現実で、その前に立つ女性は心象風景です。(時間軸の違いかも知んないけど同じことだ)要は、この正面に見えるぼんやりとした無表情こそが、彼女の真実の姿だと言うこと。ほとんど自動操縦のように仕事をこなす彼女の心の中は自由なのだと言うこと。それが物憂げな姿で世界との断絶を表現しているから、私のような社畜は心を奪われるのでしょう。
心は自由でも、いろいろままならないよね…

また、今回の展示ではこの作品の舞台である「フォリー=ベルジェール」についても解説してあって理解が深まりました。
いやね、バーにしちゃ客席広いなぁとは思ってたんですよ。昔から。
ここは、歌手やサーカスが出し物をするような舞台付きのレストランだそうです。その一角に、バーコーナーがあったんですね。なるほどなるほど。

なんと、現在も営業しているそうですが、内装など全く雰囲気残ってなさそうです。

フォリー・ベルジェール - Wikipedia

f:id:minnagi:20191002121114j:image
習作ではモデルの雰囲気が全然違います。本番のほうがずっといいね。

---

エドガー・ドガ「舞台上の二人の踊り子」

f:id:minnagi:20191001233618j:image

ドガ!好き!!
緊張感のある構図、深みのある色、スポットライトの不思議な光。思わせぶりなストーリー、全部好き。

左下の空白は日本画の影響とか言ってもいいけれど、舞台のそこに新しい物語が始まるのだという何かを予感させる効果があると思う。
ピンクの衣装の子が移動するのかもしれないし、新しい誰かが現れるのかもしれない。そういう期待感がある。

これ、街中に貼ってあるポスターにも使われているのですが、これが夜の光に照らされてるのを見ると本当に幻想的で美しい。
暗い中で、明かりをもって、私的に楽しむ絵画ではないかと思います。昼の光は似合わない。

---

エドガー・ドガ「傘をさす女性」

f:id:minnagi:20191002110541j:image

珍しく、製作途中で放棄された作品コーナーというのがあった。
コードールド美術館というのがもともと教育目的で作られたというのが大きいだろう。絵画研究において、巨匠の制作過程ってのは相当研究価値があるだろうからね。

下絵の段階で放棄された絵画。彼の作品で、一人の人をこんな風に画面いっぱいに描くというのは珍しいのではないだろうか。
ほとんど黒一色で描かれたシルエットはほぼ完成しているようだけれど、背景が決まらなかったのかもしれない。

---

ポール・セザンヌ「鉢植えの花と果物」

f:id:minnagi:20191001233607j:image

 セザンヌの割に丸っこい絵。
丁寧に描きこまれた洋ナシから遠ざかるほどに、だんだんと現実感を失っていく世界。テーブルの端の線ですらガタガタと崩れ落ち、葉っぱの形も失われ千絵く。
まずぎゅっと左下に意識を持っていかれて、そうしてゆっくり消えていく緊張と緩和。

ところで、京都人曰く「セザンヌの見方が分からない」とのことです。
いや、好きに見なさいよ。巨匠でも好みでなければそれでいいじゃん、としか言えないけどしいて言うならば。
こういうのが典型的なセザンヌですよね。

ポール・セザンヌアヌシー湖」

f:id:minnagi:20191001233603j:image

セザンヌといえば、一般的に言えばまず構図について言及されます。
見たままに描くだけではなく、絵画として美しく見えるようにあえて崩した形。人物画の腕が長すぎたり方が広すぎたりと、一見デッサンが狂って失敗した絵のようですが、絵画としての完成度を上げるためにあえて現実を捻じ曲げてでも調和の取れた構図にしているのだといいます。
(本当に?デッサン狂わないほうが美しい構図にならない?わざとやってるって証拠あるの?というのは気にならなくもないけど、まぁ定説であって私の主張じゃないから置いておく。)

個人的な見どころは、色じゃないかなと思います。特に青色。
水彩画のような、塗り方も相まってアルコールマーカーで描いたような、はっとするほどみずみずしい色づかい。それが魅力だと思います。
そして、直線を多用したリズム感がまた良いと思います。

---

エドゥアール・マネ「アルジャントゥイユのセーヌ河岸」

f:id:minnagi:20191001233601j:image
実に美しい絵です。
率直に言うと、展示会場ではそこら中に美しい絵があるものだから、これがほかの絵に比べて特段目を引くというわけではなかったのだけれど、図録で見てみるとびっくりするほど美しく目を引くので驚きました。
絵画、特に印象派の作品というのはライティングによって作品の印象が驚くほど違うよねぇ。

さざめく水面と、きりっとした小舟。特に手前の船にシャープにピントが合って、あとは風に流れていく感じ。良いよね。

---

アンリ・ルソー「税関」

f:id:minnagi:20191001233610j:image

コートールドコレクション内にルソーはこれ一枚だけだそうです。なんかわかるw作品としては面白いし丁寧に仕上げられてはいるんだけど、コートールドさん、基本的に美しいものしか集めたくないんでしょうw

とてもきれいで、意外とまとまりが良い作品ですが、どことなく不思議で不安定な気持ちになる絵。
画面の右から左に来ている道路は、どこに行っているのでしょうか?普通だったら金網に沿って、画面こちらに向かってくる道路につながってきそうなものですが、陰になっている部分に突き当たってふつりと消えています。
税関内の丘?も角度がおかしいし、どこがどうと指摘できないおかしさがあります。

でもそれがなんか癖になるんだよね。
ルソーを展示で見つけると、楽しくなるしなんか得した気持ちになってくる。

---

すごくいい展示です。早めに行ったからかすいていたけど、あとから混みそうだな~という感じ。
楽しかった。