人の金で美術館に行きたい+読

美術館に行った話とか猫の話とかします。美術館に呼んでほしい。あと濫読の記録。




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聖アントニウスの誘惑

キリスト教の聖人で、聖書に出てこないのに絵画によく出るのは聖カテリナ、聖ゲオルギウス、聖セバスティアヌス、それになんと言っても聖アントニウスだろうと思う。
これら聖人はだいたい絵画の中にいきなり現れるので、それが誰かを判別するアトリビュートの知識は西洋古典絵画で必須である、というのは前も書いた話。
こないだ聖クリストフォロスの話を書いたときに軽く出てきたし、次は聖アントニウスの話をしたいねぇと思ってずいぶん経ってしまったのだ。

 

 彼については、黄金伝説の1巻に出てくるが、意外と記述が詳しくなかったと記憶している。

聖アントニオスまたは聖アントニウスキリスト教の家庭に生まれる。両親の死後、財産を処分して荒れ野で隠遁生活を送る。その際、悪魔の誘惑を受ける。
後年、キリスト教徒たちに慕われてそのリーダーになり、修道院を設立する。修道服を制定したのは彼だという。また、病気の治療に豚の脂を使用したという伝説もある。

アトリビュートはアントニオス十字架(T字型)、悪魔、足下の火焔、子豚、鈴。また、悪魔からの誘惑のシーンが多く描かれる。

養豚、丹毒、脱疽、火事、ペストの保護聖人である。

 

逸話によると殉教していないのに、なんでアントニオス十字架なんて出てくるのか謎である。もしかしたら、ほかの聖人伝とごっちゃになっているかもしれない。キリスト教関連人物は同名の人が非常に多いのだ。そして、その同名の人たちにちなんで名づけをするものだから、さらに似たような名前が増えている。いわゆるマリア多すぎ問題である。おかげで他の人と勘違いされたり同一視されたりはよくあることだ。
むしろ名前のバリエーションがこんなに多いのは、日本くらいではないか?と最近は疑っている。

また、病気の治療云々はおそらく後付けだ。 後世の人が聖アントニウスに祈って子供の病気が治ったことから修道院を立てて病人に奉仕した史実が、いつの間にか聖アントニウスも医者だったことになったのだろう。

 

さて、絵画の話。

アントニウスの絵といえば、荒野で子豚ちゃんを連れている絵か、悪魔に誘惑され苛まれている絵である。

なぜ彼が悪魔から誘惑を受けたのかというと、そういうもんだからとしか言いようが無い。宗教初期の人は荒れ野に行くもんだし、荒れ野に行ったら誘惑されるもんなのである。ブッダだってマーラに誘惑されてんじゃん。
直接的にいえば、キリストにならっているからだ。キリストも、布教を始める前40日間荒れ野にこもっている間、悪魔の誘惑を受けている。
アントニウスは迫害を逃れるため、またキリストと同じ行動をとってその精神に近づくため、誘惑を避けるために荒れ野に行くのだ。そしてそれを悪魔が誘惑するのは、キリスト教徒の魂を堕落させるためなのだ。

 

ぶっちゃけ、荒れ野の聖人が誘惑を受けるのは、食物もろくに無い厳しい環境で錯乱して幻覚を見たんじゃないかなぁって思う。

 

アントニウスといえば、ダリの絵が有名だろう。

サルバトール・ダリ「聖アントニウスの誘惑」1946年

なんせダリなので独創的にもほどがある。
しかし、聖アントニウスの誘惑は悪魔、魑魅魍魎が出てくるので定型というのがあまりないのも事実。聖クリストフォロスならば部隊もポーズもある程度指定があるのに対し、画家の創造力が求められる。
だから、見ていて面白い。

 

古典で有名なのはショーンガウアーだろうか。

聖アントニウス ショーンガウアー - Google 画像検索

 

こないだの文化村ベルギー奇想の系譜にも何枚もあった。

ピーテル・ハイス帰属「聖アントニウスの誘惑」

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図録なんだけど、見開きにすると見づらいからやめて欲しい…

これは比較的正統派。聖者を誘惑する美女と周囲を蠢く悪魔というわかりやすい構図。

 

 

ヤン・マイデン「パノラマ風景の中の聖アントニウスの誘惑」

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こっちはボスの真似をした百鬼夜行が描きたかっただけで聖アントニウスは添え物。一応お約束の美女とかはいるけどすごく小さい(重要なものは大きく、他は小さく描くのが基本)。アントニウスは右上の空でショーンガウアー風に悪魔に引きずられている。多分、美女とか見る余裕ない。

 

グリューネヴァルド「イーゼンハイム祭壇画」

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クオリティが全然違う。先の二枚は制作年不明だが、ボスの模倣作品なので、彼が生きた1450年ごろ〜1516年かそれより後のもの。この絵は1516年のものなのでほぼ同時代のものなのだが。
ボス風のユーモラスなものとは桁違いに恐ろしい悪魔に責められる聖アントニウス。手前の悪魔は病気に苦しみ、太陽の中には救いである神の姿がおぼろげに描かれているようだ。
迫力がすごい。これは雑誌で見たものだ。実物もっとすごいんだろうな。

 

現代ものもある。

花澤武夫「レッツ グルーブ(聖アントワーヌの誘惑)」

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穏やか、和気藹々とした絵だ。よく見ると悪魔はチューバッカや屋敷しもべ妖精など、近年の映画に出てくるキャラクターで表現されている。とても可愛らしく面白いけれど、じゃあこれが聖アントニウスなのか?本当にそういうつもりで描いたのか?というとタイトルを借りただけなのかもね。

 

同じ題材同じ構図で別の人が描いた絵を見比べるのも、技法や興味の関心の違いがわかって面白い。
しかし聖アントニウスの誘惑は、主題は同じでも作者が自由に創造力を働かせることのできる画題だ。古典時代、中世とかでそういう画題はなかなか少なく、バリエーション豊かで見るのが楽しいものだ。またあれか〜ではなく細かく見て見ると面白い。

 

ちなみに、グリューネヴァルドが載っている雑誌はこれ。この雑誌、号によってクオリティが全然違うから興味のある特集の時立ち読みしてから買うのがいい。