人の金で美術館に行きたい

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キリスト教、特にカトリックにおける聖人信仰とアトリビュート

週末、やっとこさベルギー奇想の系譜展の図録を回収した。やれやれである。
というわけで、そこで見た聖クリストフォロスの話がしたい。
しかし先に言わなければならないが、今日はその話まで辿り着かない。前提知識を説明しているうちにアホほど文字数をくってしまったからだ。
今日は、聖人とは何か、そして聖人画を鑑賞するポイントとは何かという話で終わる。一般常識かもしれないが勘弁いただきたい。

ついでに言うと今回クソ長い。2千字を超えた。しかし絵画の話にたどり着けていない。なんということだろう。

長いので折りたたむ。

 

西洋絵画を見るにあたって、キリスト教知識とギリシャ/ローマ神話知識は必須だ。
古い時代の絵画はほぼこの2つからしか題材が取られていないからだ。
ギリシャ/ローマ神話も数が多くて大変だが、キリスト教も聖書だけ読めばいいというのではないから困る。
カトリック宗教改革以前のキリスト教プロテスタント以外は「聖人信仰」というのがあるからだ。
聖人というのはキリストや父なる神ではない、人間の「天国にいるすごいキリスト教信者」だ。だいたいこういう理解で問題ない。
なんで人間を信仰するかというと、何かお願いがあるときにキリストさまに直接言うのは何となく恐れ多いからだ。
聖人たちはその功績を認められて天国で地位があるから、彼らにお願いして神へとりなしてもらおうという発想だ。
”いきなり総理大臣に直訴できないから、おらが村出身の国会議員先生にお願いに行くべ”ってイメージ。
それが土着多神教徒結びついたりして「歯が痛いなら聖XX様にお祈り」「目が悪いなら聖XX様の護符」といった感じに扱われていく。それぞれ得意分野があるんだね。
聖書原理主義的な厳密一神教より日本人には感覚が理解しやすいんじゃないかしらね。
ちなみにプロテスタントは、聖人信仰は偶像崇拝じゃないか、聖典である聖書に準拠していないじゃないかと否定気味だ。宗派によって細かく違うけど。

 

ほとんどの聖人は聖書に載っていない。聖人というのは基本的にキリストの時代よりずっと後の人だ。聖書を読んでキリスト教徒になり、色々あって聖人認定されるのだ。
じゃあ何を読めばいいのさ?というと黄金伝説がいい。

レゲンダ・アウレア - Wikipedia

ちなみにアマゾンで4冊買うと中古価格でも8426円だから、お近くの図書館に行くといいよ。

 

しかし聖人の名前と逸話がわかったところで聖人の外見がわかるわけがない。絵画でどうやって見分ければ良いのだろうか?
絵画を見て聖人を見つけるにはいくつかポイントがある。

  • まず、頭に金の輪や後光が差していること。
    これは日本画と同様、聖性を表す。
  • そして多くの場合、手に棕櫚(シュロ:ヤシ科の植物)の葉を持っていること。
    これは勝利を表す。聖人の場合は信仰の勝利だ。

しかしそれだけでは聖人だと言うことがわかっても、どの聖人なのかがわからない。
というところで役に立つのが持物(じぶつ)、アトリビュートといわれるものだ。描かれた人物が誰なのかを示す持ち物のことを言う。

  • 例えば、遠山の金さんなら脱いだ片肌から現れる桜吹雪。
  • 水戸黄門なら御付きのものが出す印籠。
  • 足柄山の金太郎なら赤い前掛けとマサカリ。

これを持ってるってことはあの人のことね、という目印を覚えておけば、描かれた人物がどの人なのかが判断できるというわけだ。
聖人のアトリビュートは悪趣味なことに、だいたい「その人が拷問された道具」である。何を言ってるのかわからないかもしれないが、拷問具である。
宗教というのは興りはじめは既存宗教勢力から弾圧されるものなのである。キリスト教というと十字軍の印象が強くて弾圧する側のイメージかもしれないが、初期キリスト教徒はローマ神話の宗教から邪教扱いされていたんだよ。
聖人たちの多くは、異教徒から弾圧されても信仰を捨てずに殉教していった人達なのだ。

何かのきっかけでキリスト教信仰がばれる
→信仰を捨てるように迫られるが拒否
→信仰を捨てさせるためOR邪教とみなして殺すために様々な拷問を受ける
→神のご加護で死なない
→剣で切られる
→殉教

これが一連の流れである。拷問のバリエーションは様々で、生きながら皮を剥がれたり矢を射られたり火あぶりにされたりと、普通死ぬよねってやつだ。神様に守られているから死なないけれど、最終的には殉教する。死に方は基本的に名誉ある刎首刑だ。
ほとんどの聖人の死因は剣。アトリビュートの道具では死んでいない。
ここ、ひっかけ問題だからしっかり覚えておこうね。
あ、全部の聖人が殉教者ってわけじゃないのも注意ね。
もう話が長くなってどうしたらいいかわかんなくなってきたから、ウィキペディアでも読みな。 → 聖人 - Wikipedia キリスト教の聖人一覧 - Wikipedia

 

というわけで、まとめとしてキリスト教には聖人というものがある。
どの聖人かを示すには、アトリビュートという目印を使う。
聖人というのは神、キリストと俗世間の人との仲介役を買って出てくれる人という扱いを受けている。
各聖人には仲介を行うときの得意分野がある。それは聖人となった逸話に由来し、そのためアトリビュートに関連することが多い。
このくらいを押さえておけば、絵画鑑賞の基礎知識としては十分だと思う。あとは、絵画頻出聖人の特徴を覚えていけばいい。
これで前提条件は説明し終えたと思うから、次は聖クリストフォロスの話をしたいし、時々こうして聖人伝説の話をしたい。
今までで一番長い記事じゃないだろうか。もう少し短く書きたいものだ。