人の金で美術館に行きたい

美術館に行った話とか猫の話とかします。美術館に呼んでほしい。

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暴れん坊伝説 カラヴァッジョ

昨日の記事を書くために思いつくまま画家の名前を検索していたら、カラヴァッジオの絵が見たくなったよね。去年国立西洋美術館カラヴァッジオ展をやってたんだけど、今見たらもう公式特設サイト消えていた。悲しいね。

日伊国交樹立150周年記念 カラヴァッジョ展|過去の展覧会|国立西洋美術館

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ - Wikipedia

 

カラヴァッジオはだいたいシェークスピアと同じ年代のローマの画家だ。ハムレットとかマクベスとかと同じ頃かな。読んでみると彼の生きていた時代が見えてくると思う。特にマクベスはカラヴァッジォにぴったりだ。
来歴はウィキペディアでも見てもらえればいい。とにかくトラブルメーカーだ。喧嘩っ早く、あちこちで問題を起こして訴えられたり逮捕されたり。最終的には人殺しとしてお尋ね者になってしまう。
逃亡先でおとなしくしてりゃいいものをやっぱり問題起こして追い出され。最終的には生まれ故郷に戻ろうとしている旅の途中で死んでいる。
なんとも行き当たりばったりな人だ。

 

この時代、絵画は工房制だ。親方に注文が来て、それを弟子たちと分業して完成させる共同作業がメインだ。
カラヴァッジォも最初は工房に入るが、あちこち渡り歩いたあと結局フリーで働くようになる。間違いなく、集団生活に馴染めなかったのだろう。
多分、すごく短気なんだと思う。

 

 この時代はマニエリスムが全盛で、かなり派手派手しいきらびやかな絵画が主流だったそうだ。と、例示ができればよいのだろうが手元に見たことのある画像がないのでやめておく。各自でググってくれ。コルネリス・ファン・ハールレムとか有名らしい。実物を見たことがないので言及はしない。アルチンボルドとかもこの時代らしい。

けれど彼の絵は暗い背景に人物だけが浮かび上がるという、技量を求められはするものの非常にシンプルなものだ。
こうした絵の描き方は「まず背景を暗く塗りつぶし、そこから明るい部分を描き足していく」というものらしい。
絵なんて学校の授業と大学のサークルでしか描いたとのない私から見ると、そして当時の人たちからすると、とても想像もつかないような描き方だと思う。
けれどそれは工房制でない、普通なら複数人で分担して描けるところアシスタントがいないから一人で描かないといけないという制約から生まれたものなのだろう。納期に間に合わせるために背景なんか書いていられなかったんだと思う。技量がなかったわけではなく、時間的な問題で。
でもそんだけじゃなくて多分短気なんだと思う。やっぱり。
あれだけのものをそういう手法で描けるということは頭の中にもう完成図がしっかりできていて、そこまで到達する時間がもどかしかったのだと思う。

 

天才すぎて、まわりとうまくやっていけなかったタイプなんじゃないかなぁ。
数学のテストで、完璧に理解してるのに途中式が書けない人みたいな。

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「女占い師」1594年
f:id:minnagi:20170615122226j:plainまだ独自画風を全面に出してはいないが、すごく生き生きとした感じが伝わってくる。すっきりとまとめられたよい絵だ。

 

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 「蜥蜴にかまれる少年」1593~1594年

f:id:minnagi:20170615122324j:plain製作年は上とほぼ同時期とあるが、画風はちょっと古い感じあるよね。派手な動き、どぎつい表情、そして花瓶のガラスの表現。
非常に絵がうまい。そして、その絵のうまさをひけらかしている感じがある。
図に乗っている、とでもいおうか。技巧がほとばしりすぎて全体の統制がとれていない感じ。やりたいことが多すぎてまとまっていないようだ。

 

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ナルキッソス」1594~1596年

f:id:minnagi:20170615122454j:plain

一気に闇が訪れて、これぞカラヴァッジオ!という絵に仕上がっている。
静謐な中の緊迫感。スポットライトを浴びた人物。確かな技量もあり、それ以上に見事な構成力がある。

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参考作品として、先にクラーナハを見てほしい。 

ルーカス・クラーナハ「ユディトとホロフェルネスの首」1520~1540年

f:id:minnagi:20170615122909j:plain


ユディトという女性は旧約聖書の登場人物。敵の大将を色仕掛けでだまし、その首を切って大軍を退けたという英雄だ。
なので彼女は男性の首を持った女性として描かれる。首を持った女性と言ってぱっと思い出すのは?サロメだ。古い絵画ではサロメかユディトかで議論になることもたまにある。
見分け方としては、銀の盆に首が乗っていたらサロメ、剣を持っていたらユディトだ。サロメは王女なので自分で手は下さない。

このクラーナハのユディトは女性は優雅だが、首の断面などかなりリアルに描かれている。当時、これでも大分グロテスクでショッキングだと話題になったと予想される。

 

対してカラヴァッジオのユディトはどうだ。 

「ホロフェルネスの首を斬るユディト」1598~1599年

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これをサロメと間違える人はいないだろう。腕をまくりあげ、まゆをひそめ、まるでブタをさばくかのように避けられない汚れ仕事を片付ける彼女の顔には強い嫌悪感が見える。
「うぇ~気持ち悪~やだ、汚れちゃう」
そんな風にしか見えず、とても聖書の登場人物とは思えない。横で首を待ちかまえる下女も同様だ。
この生々しさ、衣装なども当世風に描いた臨場感こそが彼の持ち味だ。
どこか遠い時代の物語、ではなく今ここで起きているもの。
その手触りが彼を時代の寵児にしたのだろう。独特の描き方も含めて追随者が現れ、本人はマネされてばっかりとご立腹だったらしい。

 

 ちなみにこれはカラヴァッジオが殺人を犯す前の絵である。
その後なら、ホロフェルネスの描き方はまた違ったのだろうか。

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「洗礼者ヨハネ」1603年

f:id:minnagi:20170615122716j:plain暗闇にたたずむ孤独な聖者。宗教画と言うには余りに生々しく、裸体画と言ってもいいくらいだ。神秘性よりもその肉体の美しさを描きたかったのではないかと思う。
この髪の毛のふわふわした様子とか、実物は本当に美しい。

彼の作品は暗い部分が多くコントラストが強いため、写真にするとけし飛んでしまう部分が多い。実物の前に立つと、その立体感に圧倒されるものがある。

 

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カラヴァッジオの絵には謎が多い、とされる。
実物を見ていないので何とも言えないが、過去の芸術新潮によれば、例えば「聖マタイの召命」ではだれがマタイかわかりづらいし「聖マタイの殉教」もだれが殺人犯かわからないとされている。

サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会 - Wikipedia


敢えてわからないようにしたのではという説もある、と書いてあったが、たぶんそうじゃないんじゃないかなと思う。
カラヴァッジオの中では、完璧に整合が取れているのだと思う。なんの謎もなく、完璧に統合の取れたストーリーが明示されているのだと思う。
けれどその掲示があまりにも性急すぎて人には伝わりづらいのだろう。自分の中でだけわかっていて、人に説明するのが下手な人なのだろう。
そして、わかんないと言われたらきっと意地になって絶対解説を自分からはしないだろう。
彼の絵を見ていると、そういう人だったんじゃないかなぁと勝手に想像してしまうのだ。

 

ちなみにこの雑誌本当にわかりやすくてわくわくしてよかった。


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